谷口稜曄(たにぐち・すみてる)さんの背中にさわって

 この時期になると、お会いしてきた被爆者の方たちの顔が、次々と浮かぶ。もう亡くなられた方も、ご存命の方もいらっしゃる。そして改めて、私はきちんと伝えてきただろうか、今、伝えているだろうか、そして今後、伝えていけるだろうか、と自問する。

 戦後70年の春、私は長崎の被爆者、谷口稜曄さんとニューヨークにいた。国連で5年に一度開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせ、谷口さんたちは各所で訴える予定だった。その姿を記録すると同時に、ぎりぎりの健康状態の谷口さんをケアする役割も、あった。  谷口さんは「赤い背中の少年」だ。当時16歳。原爆投下から半年後、米戦略爆撃調査団が撮影した、真っ赤に焼けただれた背中でうつぶせに横たわる少年。その姿勢のまま、1年9 か月。毎日、殺してくれと泣き叫んだ。医師たちも毎朝病室に来て、今日も生きている、とささやいたという。

 谷口さんの裸の背中に初めてカメラを向けてから、30年以上たっていた。  背中の皮膚の下からは、小さな腫瘍のような塊が、切り取っても場所を変えて出てくる。手術をすること24回。長い間うつぶせで寝ていたため、床ずれで胸の肉がえぐりとられ、肋骨の間から心臓が動いているのが見える。  毎日のように背中に薬を塗る必要があり、普段は妻の栄子さんがしている。ニューヨークでは、私と娘が交代で薬を塗ることにした。当時まだ大学生だった娘は、谷口さんに付き添うボランティア役を引き受けた。  肺活量も普通の人の半分で、手術だけではなく、入退院を繰り返してきた。ニューヨーク出発時には、体重は30 キロ台にまで落ちていた。  満員の国際シンポジウムの会場で、「赤い背中の少年」とえぐれた身体の写真を掲げ、核廃絶を訴える姿には、すさまじい執念がこもっていた。その背中には、亡くなった方も含め、長崎のすべての被爆者の思いが載っているのだと思った。

 実際に背中に薬を塗ってみて、何と言ったらいいのだろう。人間の身体ではない、ように感じた。板のような・・ 。身体の芯から放射能の閃光で焼かれたのだろう、と思わせた。  この身体で、よく生きていて下さりありがとうございましたと、心から感謝した。

 長崎原爆被災者協議会(被災協)の会長として、仲間とともに運動を引っ張ってきたが、3年前の8月に永眠された。  この8月9日を前に、被爆70年時に出た『谷口稜曄聞き書き 原爆を背負って』(西日本新聞社)の英訳本が、クラウドファンディングで完成した。

 その背中は、原爆被害の象徴であった。だが広島でも長崎でも、すさまじい被害を負った被爆者が、自分の病気と闘いながら、あの日,死体の山の中に入らなかった自分と向き合い、差別と偏見の中で葛藤を続け、自らの体験を他者に語れるようになるまで、どれだけの長い道のりと覚悟が必要であったことか。  自分の家族に、被爆体験を話すことなく亡くなった被爆者は多い。70年たって初めて、涙ながらに語って下さった方もいた。谷口さんの名刺には覚悟を示すように、赤い背中の少年が刷られていた。

 今年の長崎の平和祈念式典は、TV中継で見た。首相挨拶を聞き、その棒読みの心のこもらなさに愕然とし、怒りを覚えた。核兵器禁止条約については今年も一切触れず、「立場の異なる国々の橋渡しに努める」という、訳の分からないものであった。広島での挨拶は聞いていなかったが、その後、両式典での挨拶文が、地名の違いくらいで、93パーセント同じであったことを知った。被爆者が、馬鹿にしていると憤るのは当然だ。

 式典の後、毎年、被爆団体の代表たちと首相との短い面談が行われる。首相は長崎に9回来ているが、長崎原爆資料館を一度も訪問したことがない。  昨年の面談時、被災協・会長の田中重光さんが、原爆資料館の訪問を求めた。今年の要望書ではさらに「資料館を自身の目で見て、感じて、考えてください」との一文が盛り込まれた。だがそれに触れないまま「お時間となりました」と司会が言った後、そのまま席を立ち、会場を後にした。例年ならば、出る前に被爆者がいる方に歩み寄って言葉を交わしていたが、今年はそれもなかった、という。何とも言いようがない。  原爆に関して長崎に行くのなら、何はともあれ、原爆資料館を訪ねるのが、基本的な一般常識のはずだ。  3年前に面談で、「あなたはどこの国の総理なのか」と問いかけた被爆者代表もいる。

 両式典とも日本全国に中継される。そこで酷似した挨拶を棒読みすることは、自分は無能であると、日本中に宣伝しているようなものだ。  それすらも、本人も周囲も判断できなくなっているのだろうか。

 写真は、『原爆を背負って』の英語版、谷口さんの名刺の一部。ニューヨークで訴える谷口さん。背中に薬を塗る。そして帰国前にニューヨークの空港で。これからもやるぞーと。左から私、田中重光さん、谷口稜曄さん、柿田富美枝さん(被爆二世の会)。  改めて見直して、諦めずに、自分のこととして伝える志を持ち続けねば、と心に決める。

追伸 谷口さんの赤い背中の写真に、FBが勝手にぼかしを入れました。信じられない!